The calm before the storm -side.army-

「くだらん」

ヴェラドニア軍総司令部の司令室にいた老齢の軍人は一言、そう吐き捨てた。
左胸に光る階級章は元帥のみが許されたもので、彼がヴェラドニア軍最高位のグラーク・アスル・ヴァルジークであることを示している。

「高潔なる都市の支配権を決めるのが“ゲーム”?あなどるのも大概にしろ!」

グラークの怒声は雷鳴の様に轟き、窓ガラスさえも震撼させた。
服の上からでも分かる鍛え上げられた身体と厳つい表情からは、威風堂々とした貫禄を感じさせる。

「我々はそんなくだらないもの認めんぞ。断固として拒否する」
「軍部は政治に直接介入できません」

だがグラークの前に立つ男は、その威圧にまるで動じた様子を見せなかった。「運営委員会の広報班」と名乗る男である。
男の言葉を聞いたグラークは、ナイフの様に鋭い眼光でギロリと男を睨みつけた。

「……運営委員会風情が、政治に介入できるとでも言うか!」
「いいえ。私達は【主】の命を遂行しているにすぎません」

そして、と広報班の男が付け加える。

「“ゲーム”は統治者たる【主】が決定されたこと。【主】は絶対の存在にして、この街の法。阻止するというのなら、法を犯すことになりますが」

 軍の人間がそれをやるのか、という台詞を言外に秘めた男の言葉に、グラークの手に力がこもる。
握られていたペンはスナック菓子みたいに粉砕され、残骸とインクが机の上に散った。

「それは我々に対する脅しのつもりか」

冷ややかなトーンで放たれたはずのグラークの声は、押し殺した熱を孕んでいた。
黙ったまま口を開かない男に、グラークは低い笑みを漏らす。

「……フンッ。いいだろう」

椅子に深く腰掛け、グラークは威厳に満ちた声で言った。

「我々もその“ゲーム”に参加してやる。それで文句あるまい」
「“ゲーム”の妨害は認められ…」
「そんなこざかしい事をするまでもない」

 男の台詞を遮り、グラークは鼻を鳴らした。その顔に怒りの色はなく、歴戦の修羅場をかいくぐってきた者だけが見せる品格が漂っていた。

「我々は法の境界を越える者も、法を崩すことも許さん。法を揺るがすというのなら…我々が法となるまでだ」

 グラークは一旦言葉を切り、机に肘をついて組んだ指の傍に顔を寄せる。
「我々にとってこれは“ゲーム”ではない」

 “歩く処刑台”の異名にふさわしい、地獄の底から響くような声で、

「………戦争だ」

 そう、告げた。



To Be Continued...