The calm before the storm -side.mafia-

大都市シエル・ロアの中でも異彩を放つ区画といえば、異邦人街である。東国の文化影響が特に強いこの区画には、実に様々な存在が暮らしている。
では、その異邦人街の中で地獄はどこかと聞かれたら、それは二番街だ。

「た、助けてくれ!」

明滅を繰り返す街灯の下で、這いつくばった中年男が絶叫する。
全身は血と埃にまみれ、その目は固定された様に眼前の人物だけを見つめていた。

「今さら助命ですか?」

中年男の視線の先に立つ男は、小馬鹿にするように言った。屈強とは程遠い細身の体はアオザイと呼ばれる東国の服に包まれ、顔立ちも優男のそれ。
だがその周囲からは、逆らうという選択肢を脳内から消し飛ばすほどの威圧感がにじみ出ていた。
巨大マフィア“紅龍会”のボス、鳳・R・白明。それが男の名前である。

「あんた…いや、貴方達だとは知らなかったんです!許してくださ…」

中年男が言葉を途中で止めたのは、首に鳳の足が乗せられたからだ。中年男の眼が極限に開かれるのを見下ろしながら、鳳はスッと顔から表情を消した。

「雑魚が口きくんじゃねぇ。弱者に権利があると思ったら大間違いだ」

今までとは一転ドスのきいた声で囁くと、一気に足に力を込める。
ゴキッという嫌な音と共に中年男が完全に沈黙した事を確認した鳳は、表情を元に戻して振り向いた。

「失礼…話の最中でしたね。“ゲーム”でしたか?」

振り向いた先に立っていたのは、「運営委員会の広報班」と名乗る女。目の前に転がる死体に顔色一つ変えず、女は静かに頷いた。

「はい。我らが【主】の後継組織を選抜する為に開かれます」

「……都市の支配権には興味が無いんですがねぇ」

本当に興味がないらしく、鳳は深く嘆息した。

「マフィアは裏社会に君臨するからこそ恐怖となる…。表に出たらそれはただの茶番です」
「では、紅龍会は不参加ということでよろしいですか?」
「いえ?興味が無いとは言いましたが、参加しないとは言っていませんよ」

鳳の矛盾する物言いに、広報班の女は意味を問う様に視線を向ける。

「支配権に興味はありませんが……ゲームは好きですから。ゲームは、必ず勝者と敗者に分かつでしょう?僕らの力を示すのには丁度いい機会だ」

ぜひ参加するとお伝えください、という言葉を聞いた広報班の女は一礼するとその場を立ち去った。
一人その場に残った鳳は、空を見上げながらクスッと影のある笑みを浮かべた。

「力無き論は、真にあらず……。ぬるま湯の中で生きてる連中に、現実というものを教えて差し上げましょうか…」


To Be Continued...