Ask, and it shall be given you

「第一回戦の“宝探し”……楽しんでもらえたかなー?」

運営委員会の管理するビルの最上階。
室内は暗く、吊るされたスクリーンには都市中に設置された監視カメラの映像が投影されている。

「今は皆、二回戦の真っ最中。そっちも映像が準備でき次第、こっちに送ってもらうよー」

ピアチェは言ってプロジェクターのスイッチを切ると、壁際のスイッチを押す。蛍光灯に照らしだされた室内は会議室の様な風体をしていた。
飾り気のない壁と床。中央に置かれたロの字型机には、各辺にそれぞれ一人ずつ座っている。
その配置はピアチェから見て、
手前にアイシャ・エルバート、
奥に鳳・R・白明、
右側にグラーク・アスル・ヴァルジーク、
左にキール・ジンクロメート。
世界から切り取られた様な異質さと緊張感が混ざった空気の中、彼らは視線を合わせるわけでもなくただ座っていた。

「本当に“ゲーム”なんですねぇ。規模はさすが都市レベルといったところでしょうが」

ねぇ?と鳳はグラークに話をふったが、返答は返って来ない。ムスリとした表情で腕を組んで黙り込むグラークに、アイシャが視線を向ける。

「“ゲーム”に異論がございますか。グラーク・アスル・ヴァルジーク元帥」
「ない。この下らん茶番を早く終わらせたいだけだ」

 突き放す様に言って深く嘆息するグラークを、鳳は酷く面白そうに眺める。

「参加できないのが不服なんでしょう?大陸戦争で名を馳せ、未だ前線に出る貴方にとって、安楽椅子は苦痛ですものねぇ。嗚呼それとも…」
「白明の小僧」

鳳の言葉を遮り、グラークは一段と低いドスの聞いた声で言う。

「……あまりいきがると、その首落とすぞ」

刹那の視線交差の後、鳳はこらえきれないとでもいうように笑いだした。

「哈哈! これでもそこそこ経験を経てきましたが、ふふ、小僧ですか。形無しですねぇ」
「貴様程度が何を経たというのだ」
「貴方が体感した地獄程度は。……ねぇ元帥?年功序列で全てが語れると思わない方がいい」

 鳳が挑発的な台詞を吐くとほぼ同時、ダンッと机に拳が打ちつけられる音が室内に響いた。
音の主であるキールは机に押しつけたままの拳を震わせて、抑えきれない怒りを込めた声を出す。

「……いい加減にしろよ。そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

 キールにしてみれば己の魂から出た言葉なのだが、室内の誰も共感の表情をする者はいなかった。それがよけいキールの中の怒りを刺激する。

「おかしいと思わねぇのか?! “ゲーム”で都市の統治組織が決まるなんて狂ってるだろ!」

 その言葉に、鳳とグラークの二人が「馬鹿馬鹿しい」とでも言う様に鼻を鳴らす。

「狂う? 誰が正常と狂気の線を引いているのです?ジンクロメートの御坊っちゃん」
「それがシエル・ロアのトップが決めた法ならば従うほかあるまい」
「何が狂ってるかなんて見りゃ分かるし、法だろうがなんだろうが、おかしいもんはおかしいだろ?!」

 キールの言葉はもはや悲鳴に近かった。今まで黙って聞いていたピアチェは、貼りつけた様な笑みを浮かべてキールの背後に立つ。

「よく葛藤を説明する時に使う「薬屋のたとえ」って知ってるかい?」
「お前何言って……」
「面白いから聞いときなってー。あのね、貧乏だけど堅実に罪を犯さず生きてる男の人がいたんだよ。
でもね、ある日彼の妻が病気になった。 それは命にかかわる病気で、普通の薬じゃあ治らない。」

 コツ、コツ、というピアチェの足音と声だけが室内に響く。キールの後ろで小さな円を描く様に歩きながら、ピアチェは続ける。

「ある日、同じ町の薬屋さんがその病気を治す薬を開発した。だけど値段は100万円だ!
君にとってはどうってことない値段だけど、貧乏な男の人には無理な値段だった。
それでも50万円を集めて男は言った。「それを半額で売ってください。妻が死にそうなんです」。
でも薬屋は首を振った。 「ダメだ。俺はこれで大儲けするんだ。欲しかったら100万円持ってこい」って。……男の人はどうしたと思う?」

 ピアチェは言ったん言葉を切って、反応を窺う様にキールを見た。キールが厳しい表情のまま応えずにいると、ピアチェは再び歩みを再開して口を開いた。

「男の人は悩んだ。悩んで悩んで悩んで悩んで……薬屋を殺して薬を奪った。そして奥さんは助かりましたとさ」
「そんな話が、一体何だって言うんだ!」

我慢の限界だというように勢いよく立ち上がり、キールはピアチェの胸倉をつかんだ。
ピアチェは動じることもなく、貼りつけた笑みのままキールを見返す。

「分からないかい?人間全てが持つと信じられているモラルなんてものは、視点の変換で簡単に覆るのさ。堅実な男の人が、人を殺すことを選んだように。
でも、それを君は「狂ってる」と責められるかい?」
「俺…は……」

 迷う様に視線と口元を彷徨わせ、キールは胸倉を掴んでいた手を力なく離す。自由になったピアチェはアイシャの背後に戻り「言いすぎたかなー?」と首を傾げる。

「……俺は」

 キールはぽつりと呟き、振り返って椅子の背を強く握りしめる。

「その男の人を間違ってると言う。何度だって言ってやる!」

キールの刺すような視線を受けたピアチェは、待ってましたとばかりに深い笑みを見せた。

「そう、それだ。それだよ。正義と理性を謳いながら、時に感情に支配されてモラルを崩し、それでも己の意志を「正しい」と叫ぶ。それは人間しか持ちえぬ素晴らしい才能さ!」
「貴方は間違っていると知りながら、“ゲーム”に参加することを選んだ。己の正義を立証する為に。ならばその選択を、意志を、我々は歓迎いたします」

ピアチェの言葉をアイシャが引き継ぎ、最後の言葉は二人の声が重なった。

「「ここは“天界の王”が築いた”楽園”の入口。戸を開けたくば“求めよ、さらば与えられん”」」



To Be Continued...