Forbidden fruit is sweetest

「最終戦は皆さまも参加していただきます」

各組織の長が集まる運営委員会のビル最上階で、アイシャは突然そう告げた。

「最終戦だけ?何でいきなり…」

キールがいぶかしげに眉を寄せた一方、鳳は固くなった身体を伸ばしながら大きく息を吐いた。

「やれやれ、ひとまずこの陰気臭い場所から解放されるのですか」
「どこで何をしろというんだ」

グラークも特に動じた様子はなく、鋭い眼光をアイシャとピアチェに向ける。ピアチェは真意の読めない笑みを貼りつけたままクスクスと笑った。

「んー?簡単だよ。どっかに行く必要もないしー、特別な事をしなくてもいい。ただ、出てくればいい」

ただし、とピアチェは歪な笑みを浮かべた。

「でられたら、だけどね」

含んだ様な言葉にさすがに3人のまとう雰囲気がわずかに変わる。
アイシャはそれを気にする様子もなく、右手の平を上に向けて前に差しだした。掌には銀色の小さな鍵が三つのっている。
掌に口元を近づけてアイシャが何事か呟く。すると鍵は淡く発光、アイシャの掌から消えたかと思うと次の瞬間には
アイシャとピアチェを除く3人の目の前にそれぞれ一つずつ浮いていた。

「これは“主”が作りだした“エデンの鍵”の一部です」
「これが……“エデンの鍵”……?」

キールはそっと目の前の鍵に手を伸ばす。鍵には現実味が感じられず、立体映像と言われた方がまだ納得できる。
しかし指先でつついてみると確かに感触があることに加え、僅かに熱を返してきた。

「なぁ、“エデンの鍵”って一体何なんだ?!」
「あなたには知る資格がございません」

すっぱりと言い捨ててから、アイシャは「今は、まだ」と付け加える。それから彼女にしては珍しく嘲笑を含む様な響きで言葉を続けた。

「ですが、この程度に呑まれるようなら、たとえ“ゲーム”に勝っても意味はありません」
「なるほど……最終適性検査、ということですか」

クスリと笑って鳳が何のためらいもなく鍵を掴んだ。すると、鍵が一際強く発光して鳳の身体を包み込み、瞬く間に収束し始める。
光が消えた後、そこに鳳の姿は無かった。

「…フン」

グラークも面白くなさそうに鼻を鳴らして鍵を掴む。同じように光がグラークを包み込んで消してしまう。
残ったのはキールだけ。キールは鍵に手を伸ばしたまま、最後の一歩が踏み出せないでいた。
瞳には得体のしれないものに対する不信や僅かな困惑を内在した光が浮かんでいる。

「どうするー?まぁやらずにここでリタイアーってのもいいけどさー」

ピアチェがからかう様に声をかける。このままキールがリタイアと言っても本当にそのまま手続きしてしまうだろう。

「…馬鹿言え」

キールは唸る様に言って、鍵を真正面から見据えた。

「今までずっと仲間ばっかりに戦わせてたんだ。俺が何かできるとしたら、ここしかない」

手で鍵を握りこんだ瞬間、視界が白に染まった。


・・・
3人がいなくなった部屋でアイシャとピアチェはしばらく黙り込んでいた。

「ねぇねぇアイシャー」
「なんですピアチェ」
「“あの人の夢は叶うかな」
「…私の預かり知る所ではありません」
「…そうだね」
「そうです」
「じゃ、行こうか。最後の会場に、さ」
「えぇ」

アイシャとピアチェは会議室のドアを開け、廊下へと出ていく。
残されたのは、カタカタと機械音を奏でながら“ゲーム”参加者を映し続けるプロジェクターのみだった。