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Forbidden fruit is sweetest -side.gild-

「ここは……っ」

強い光を感じて目蓋を上げたキールは、周りの光景を見て言葉を失った。
そこは自分の屋敷の中だった。キールがいるのは一階の玄関ホール。外からは穏やかな日差しが差し込み、掃除の行き届いた廊下に反射してきらめいている。
人の気配はないが、自分の家を見間違えるはずが無い。

「どういうことだ?戻ってきた…訳じゃないと思うけど…」

見た目も手触りも偽物には見えない。ただ、五感ではなく直感がキールの脳裏に警戒を訴える。
ここは本物ではない。何者かによって作られた偽物なのだと。

「あ!やっと起きた?」

吹き抜けになった二階の方から、明るい声が降ってくる。反射的に上を向き、キールは目を剥いた。

「そんな……馬鹿な…」

それ以上の言葉は声にならない。喉の奥がカラカラに渇いて、視界が揺らぎそうになる。

「よっ!おはよう“俺”!」

二階の柵から身を乗り出していたのは、キール・ジンクロメートとそっくりの少年。少年は唖然とするキールに向かってニヒッと笑う。

「驚いた?ちなみにそっくりなのは見た目だけじゃないぜ。お前の全部が“俺”だからな」
「どういう……ことだよ」

キールが絞り出すような声で問うと、少年はスラスラと台本を読むような調子で語り始める。

「家は一流企業グループの総帥。家族仲は至って良好。運動神経も成績も上から数えた方が早い。
自他共に認める勝ち組、あー…後、今は一応ギルドのリーダー? ま、それが“俺”の全部」

そこで一度言葉を止めて、少年は傍にある花瓶から花を抜きとった。紫色の竜胆を慈しむように指先でもてあそびながら、少年は続ける。

「……そう、それで全部。それ以外何にもない」

ぐしゃり、と竜胆の茎が折れた。少年の視線がキールを捉え、まっすぐに見つめあう形になる。
少年の瞳には光ではなくどす黒い闇が渦巻いており、あやうく呑まれそうになるのをキールは自らの片腕を強く握ることで踏みとどまっていた。
呑まれてなるかとキールは大声で叫び返す。

「そんなことない!俺は俺だ!」
「飾んじゃねぇよ!俺には全てが用意されてた!俺はレールを歩くだけ。心に抱く信念が無いやつが月並みな正義を並びたてたって、所詮ただの人間ごっこしてる人形だ!」

少年が柵に手をかけ、そのまま宙へと身を投じた。突然の行動に面食らったキールが駆け寄ろうとするが、少年は空中でフッとかき消える。

「な――っ?!」

慌てて周囲を見回すと、いつの間にか背後に少年が立っていた。その姿が蜃気楼のように歪み、鳳の姿へと変わっていく。

「鳳・白明は犯罪者だから嫌いだ。でも、本当は誰にも流されない自分だけの概念を作ってるのがたまらなく妬ましかった!」

再び姿が歪み、今度はグラークの姿に変じる。

「グラーク元帥は法だけを重視して人の感情を無視しようとするから好きじゃない。だけど本当は決して譲れない信念を持っている姿が羨ましかった!」

再びキールの姿に戻った少年はつかつかとキールに歩み寄る。

「楽しかったよなぁこの“ゲーム”は!俺は俺として扱われた!最高だった!」

少年が放つ言葉はまるで凶器だ。一つ一つが的確にキールの心を刺し、抉り、潰してくる。

少年がキールの左胸を指でトン、と押す。キールにはその手がナイフの様に見えた。何も反論できない。
キールは今にも泣きそうに顔を歪ませて奥歯を噛みしめ、そのまま俯く。

「なぁ、ほんとに“ゲーム”を終わらせたいのか?そうすればお前はまた一人ぼっちの人形に逆戻りだぜ?」

少年の問いにキールはすぐ答えられなかった。一秒一秒がまるで何十年にも感じられるほど苦しい沈黙が続き、ようやくキールが口を開く。

「確かに……俺には、何もないよ」

今までと違い、ひどく静かな声音だった。

「でも、それでいいんだ。それが、今の俺だから。俺が何もしてこなかっただけで、本当は何でも出来たはずなんだ」

言いながら、そっと目を閉じる。瞼の奥に浮かぶのは賑やかなギルドの仲間たち。立場なんて無視して気さくに笑っている何よりも大切な存在。
キールはそっと目を開き、真正面から少年を見る。

「俺はこれから何でも出来る。それを、仲間たちに教えてもらった」

動かない少年を通りすぎ、扉に両手をかける。

「まだいっぱいやることあるからな。こんなとこで立ち止まるわけにはいかないんだよ」

「だけど――っ」

キールの背に向かって何か言おうと少年が口を開くが、それは言葉にならないまま消える。
だがキールはそこに込められた意を酌み取ったのか、小さく笑った。

「大丈夫、俺はもう一人じゃない。寂しくなんかないよ」

扉を開ける手に、迷いはなかった。