【公式】第一回戦


ルーカの信仰する宗教は、主日といわれる日曜日にミサにあずかるのは信徒としての義務だ。
そのミサの後、ルーカは完全にオフであったため、足を伸ばして、商業区でパスタソースの材料を調達した。

軍領地内にある施設でもある程度のものはそろえられるが、あそこは店員の愛想も何もあったものではない。
ルーカとしては、店員は笑顔で受け答えをして欲しいものだし、さらにその店員が女性であれば願ったり叶ったりだ。
(いや、店員がどういうやつだろうと、俺には関係ねぇし・・・・・・)
とお決まりの言い訳を心の中で呟きながら会計を済ませた。
買い物が終わったのは、日が西に傾き始めた頃だった。
軍領地にある寮へと帰る為、駅のホームへ行く途中、広場に植えてある草むらを横切ったとき、突然草むらがざわざわと動き出した。
(・・・・・・っ殺気!?)
だと思い、ルーカは愛用のベレッタM93Rを構えた・・・のだが。
「・・・は?リス・・・?」
草むらからぴょこんと出てきたのは、少しまるまるとしたリスだった。
・・・・・・
ルーカはこほんと咳払いをして銃をしまった。
(周りに誰もいなくて良かった・・・この失態を見られてたら、俺、しばらくここに来れなくなるところだった・・・)
気を取り直して、駅のホームに向かうため、リスから踵を返した。
キュキュ!キュキュ!
「・・・・・・オイ」
リスが進行方向に立ちふさがる。そして、何を思ったのか、ルーカの周囲を回り始めた。
「おい!うざってぇな!踏むぞ!!」
ルーカはこう叫ぶが、彼の性格上、小動物を踏むなんて非道なことができるはずもなく、イライラしながらも、自分の周りを回るリスを、草むらへ戻っていくまで見続けた。
今度こそ帰れると、歩み始めたが、
キュキュ!キュキュ!
草むらから顔を出す、リスのつぶらな瞳がルーカを射抜く。
「・・・なんだよっ!」
リスは草むらから顔を覗かせたり、隠れたりを繰り返している。そこに何かあるのは間違いなさそうだが、ルーカには関係ない、無視することだってできた。
(・・・ケパッレ、見るだけだからな・・・)
ルーカ元来のお人よし―リスは人ではないが―がそれを許さなかった。溜め息を一つ零し、草むらを覗いた。
現れた光景は、左後ろ足を怪我したリスの側で、心配そうにキューキューと鳴いている、先ほどのリスの姿だった。
ルーカのフェニミストセンサーが、怪我をしているリスはメスだと判断した。ということは、センサーに反応しなかったリスはオスで、十中八九このリスたちはつがいなのだろう。
キュー・・・キュー・・・
メスのリスが弱弱しく鳴いている。ルーカはうろたえた。オスのリスはルーカに助けを求めに来たのだろう。
だが、軍の演習で、人間の応急処置はやったことはあったが、動物に関しては完全に専門外だ。
ルーカが覗いてきたことに気づいたオスリスが、馴れ馴れしく、肩に上ってきた。
キュー!キュー!
オスリスの鳴き声は、悲しみと切羽詰った思いが、溢れているような気がする・・・・・・。
「あー!しょうがねぇーな!獣医探してやるよっ!!」
人の言葉が理解できるのか、オスリスはルーカの肩で、嬉しそうにぴょんぴょんはねた。「重い!」と言ってルーカは振り落としたが、オスリスはめげずにまた肩に上った。
さて、獣医を探すのを決めたのはいいが、メスリスをそのままここに放置したら、野鳥や野良猫たちの格好の餌になってしまう。
つまりは、メスリスを抱き上げて、獣医の元へ連れていかなければならない。
ルーカは不安だった。攻撃的な異能を持っている自分が、怪我をしている、こんなにも小さい生き物に触れても大丈夫なのか。壊してしまうのではないか。
リスに関しての知識がまったくなかったが、手負いの動物を脅かすのはよくないだろうと判断した。
そこでルーカは、チュニックの裾を上げるために腰に巻いていた、ストールを巻いて布かごを作った。これで、少しはリスにかかる負担が軽減されるだろう。
そして慎重に、慎重に、最善の注意を持って、メスリスを布かごに運んだ。
(リスは・・・無事か?)
メスリスの胸が弱弱しくも上下に動いているのを見て、ルーカの心に、このリスを絶対に助けなければならない、という使命感ともいえる庇護欲が沸いた。
買い物袋を右肩に提げ、布かごを左腕に抱えて、獣医を探すため、リスの負担にならないように小走りで町へと向かった。


道行く女性たちに話を聞いて、獣医の下へたどり着いたのは、日が赤みを帯びた頃だった。
腕のいい獣医がいると、そこへ訪れたのはいいのだが・・・
(ガキじゃねぇか!)
そう、その獣医―道行く女性たちが言うには、フェンリルとかいう名前らしい―はルーカより頭約一個分背が低い男だった。
それだけでも、ルーカは頼りない印象を受けたし、その上、額には包帯が巻かれ、足も時折引きずっている。
こんな傷だらけの医者がいてたまるものかと、ルーカは心の中で一人ごちた。
「おい、ガキ、本当にお前はそいつ治せるのかよ」
「うるせぇなぁ。黙れよ。こいつの声が聞こえねぇじゃねぇか」
フェンリルは動物が何を言っているか、わかるらしい。ルーカは疑いの目を向けたが、とりあえず黙ることにした。どうせ、自分には助ける手段がわからないと思ったからだ。
しかし、ルーカの予想に反して、フェンリルの手際は、素人目でもわかるほどよかった。
現に、見つけたときにはあんなに弱弱しかったメスリスが、今ではオスリスとじゃれあって、元気そうにしている。
(こいつちみっこいのに、腕は確かなんだな・・・・・・)
ルーカは、非常に失礼なことを考えながら、その様子を眺めた。
「骨まで達していないな。2、3日安全を守って、餌をやれば、こいつらは自力で治す。じゃなきゃ死ぬよ。野生の生き物ってのは、そんなもんなんだ」
「餌・・・か」
ルーカの所属は、4月の中ごろから、衛兵から食堂に異動になったが、食堂だからといって侮ってはいけない。
体が資本となる軍人は、大食らいが多いのだ。だから、食事時より前もって大量の料理を作っておかなければならない。
そして食事中も追加の料理を作らなければならないし、食事後には後片づけがまっている。とてもだが、リスの面倒を見ている時間の余裕などない。
「悪いが仕事が忙しくてリスの面倒をみてやる余裕がねぇんだ。すまねぇが、リスの面倒をみてやってくれねぇか?その分の金もちゃんと払う」
「え?あーまぁいいけど・・・・・・くぅにしばらく休めって言われたし・・・・・・」
「は?くぅ??」
「な、なんでもねぇよ!俺に任せとけよ!」
よくわからない言葉が聞こえたような気がしたが、ルーカは、フェンリルの処置を見て、彼は信頼の置ける獣医だと思ったので、任せることにした。

フェンリルの住居から出たときにはすでに夕日が沈みきった後だった。ルーカは日課である夕の祈り・ヴェスパをした。
そして、首に下げていたロザリオを、手に手繰りよせ、祈りを唱えた。あのメスリスが回復することを願って。


リスが回復するまでの間、0時から4時の空いた時間を使って―本当は星を捜索するための時間だが、
ルーカは朝の祈り・ラウズをするために早起きをするので、寝て過ごすことがほとんどだ―リスの様子を見るために、フェンリルの元へ通った。
軍の制服で来ていたのだが、ルーカは制服を大きくアレンジしているので、フェンリルは、ルーカが軍人だということに気づいてないようだった。
そして3日後、0時を少し過ぎた頃、ルーカはフェンリルの元へ訪れた。ルーカが来たことに気づいたリスたちは、嬉々として、ルーカの周囲を回り始めた。
「・・・うぜぇっ!踏むぞゴラァ!!」
(踏めねぇけどな!)
やはり、ルーカに非道な行動ができる精神は持ち合わせていなかった。
「オイ踏むなよ!せっかくそいつ回復したんだから!」
フェンリルは言葉を真に受けて、声を荒げた。
(そうか、完全に回復したのか・・・)
ルーカはほっと胸をなでおろした。すると、オスリスがルーカの肩に乗ってきた。少々たぷついた首元を、ごそごそして、何かをルーカに手渡した。
「これは・・・・・・」
「これ、ゲームの星じゃねぇか!」
フェンリルの言葉を聞いて、ルーカは思い出す。
(そういえば、ディアス姉が下準備中に言ってたな・・・・・・)
今回のゲーム、一回戦目は首輪に星をつけたリスを探すという説明を、同じ食堂に所属している、
セレナリア=ディアスから聞いていたのだが、ルーカはゲームには乗り気ではなかったので、星を探すという事以外、この瞬間まで忘れていたのだ。
星について反応したということは、フェンリルは、紅龍会かジンクロメート団の一員なのだろう。この間、傷だらけだったのは、きっと星争奪の戦闘によるものだと推測できる。
・・・・・・
「おい」
「なんだよ」
「お前が治したんだから、お前にやる」
ルーカはフェンリルに星を手渡した、が
「あ?いらねぇよ。そのリスはお前にって言って・・・」
「うっせぇ!受け取れ!!」
ゼダーン!
「うぎゃあ!?う、受け取る!受け取るから!!!」
いらないことを言い出す前に、ベレッタM92FSを発砲した。もちろん当ててはいない。
フェンリルの足元すれすれのところに当てた。3点バースト射撃ができる、M93Rを使わなかったのは優しさだ。
(情けねぇ声上げやがって。気は見た目と同じなんだな・・・・・・)
こいつは絶対にジンクロメート団の下っ端なのだろうと、ルーカは失礼な言葉と共に確信した。
「それにしても、お前幸せ太りかよ。首輪隠れちまうなんて」
首輪を外し、人差し指で首元を撫でると、リスは気持ちよさそうに目を細めた。その様子に、ルーカは思わず顔を綻ばせた。
ふと、ルーカが刺さるほどの目線を感じたので、振り向いてみると、フェンリルがこの世のものと思えないものを見た、という顔をしていた。
「てめぇ・・・その顔は失礼だろ」
「だって、お前、ずっと仏頂面で・・・」
ゼダーン!
銃弾一発を残して、ルーカは去った。フェンリルの顔色は真っ青を通り越して、真っ白になっていた。


半月の光が、駅前広場を照らす。ルーカは最初に見つけたこの場所に、つがいのリスたちを放した。
「おい、オスリス!今度はちゃんと惚れた女を守るんだぞ!」
キュキュ!
ルーカの言葉を理解しているかのように、オスリスは返事をした。
そして、つがいのリスたちは、仲良く歩幅をそろえて、闇へと消えていった。



その一部始終を監視するものがいた。
「・・・リスは狡猾だと聞いていたが、こんなこともあるのだな」
一部分が緑色に染まった、青い髪を揺らし、リスたちが消えた方向を、曖昧で、色が定まらない瞳で見やる。
「オスリスの、メスリスに対する愛によるものなのか・・・・・・」
口元に笑みが浮かぶ。緑色だった髪が、橙色に染まる。
「愛とは、なかなかに興味深いもの、だな」
その台詞は、闇に溶けた。